INTERVIEW 02

「世界にひとつ」のリメイクプロダクト
─マザーハウス、コロナ禍での挑戦

株式会社マザーハウス
代表取締役社長/
デザイナー
山口 絵理子さん

横浜エリア
店舗統括責任者
(横浜ベイクォーター店店長)
石川 怜さん

Photo by O.Mase

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念のもと、バングラデシュ、ネパールなど6カ国で商品の開発・生産を行う「マザーハウス」。コロナ禍でもクリエイティビティは途絶えることなく、2020年7月にはリメイクプロダクト「RINNE」シリーズの販売を開始している。「モノを生み出すだけではなく、モノの終わり方までデザインすることも、つくり手の責任」と語る代表兼デザイナーの山口絵理子さんに、コロナ禍での試行錯誤と挑戦、今後の展望を、横浜ベイクォーター店の店長 石川 怜さんに拡張リニューアルオープンしたばかりの店舗への想いをお伺いした。

お客様から受け取った「愛着のバトン」

RINNE 横浜ベイクォーター店限定カラー Photo by O.Mase

山口いまは新作をお届けするより、新しいサービスをつくった方がよいのではないかと思ったんです。

2006年の設立以来、現地を飛び回って自らの目利きで素材や職人を探し出し、デザインを手がけ、自社工場で良質の商品を世に生み出してきたマザーハウス代表兼デザイナーの山口絵理子さん。新型コロナウイルスの世界的流行により渡航不可となったこの2年間は、「だからこそ、何ができるか」を考え抜く日々だった。

そんな試行錯誤から生まれたのが、「RINNE」だ。役目を終えた顧客のレザーバッグを回収し、そのレザーを再利用してつくられる“世界にひとつだけ”のバッグ&小物のシリーズである。

もともとマザーハウスではバッグをきれいに使い続けるための「ケア」と「修理」のサポートが徹底されていた。前者は、店頭での無償・有償ケアに加え、自宅でのお手入れ方法を動画で配信。後者は最短15分で見積もれるオンライン診断を実施し、マザーハウスとパートナーシップを組む工房で修理する。

その2つに、山口さん念願の「回収&リメイク」が加わり、トータルサービス「ソーシャルビンテージ」が完成した。

試みに賛同した全国の顧客からは、事務所宛にバッグが大量に届いた。山口さんはそれらを解体し、リメイクのバッグをつくり始めた。目指したのは「リメイクと思わせないくらいの、新しくてかわいいバッグをつくる」。

山口難しかったのは、バッグの扱い方がお客様それぞれなので、使える部分がまちまちなこと。革に皺がある場合はクリームを塗って伸ばしたりして、使える部分をなるべく多く取りました。染め直しは一切していません。デザイン面では、配色に一定のルールを設けました。そうしないとチグハグなデザインになってしまいますから。

こうしてコントラスト豊かでシックな配色が魅力のショルダーバッグ3型と革小物が誕生。革のリメイクは高度なテクニックが必要だということで、あえての挑戦に加え、プロダクトそのものの新鮮味と完成度がファッション業界でも高く評価されたという。

山口コアなファンの方だと、おひとりで30個、40個とバッグをもっていらっしゃるんですね。「自宅の棚がいっぱいになっていたから、買ったお店で引き受けてもらえるというのがすごくいい」というお声や、「愛着のバトンを渡してください」というお手紙もいただいて、本当に嬉しかったです。

海外の職人とLINEで毎日やりとり

創業間もない2008年に山口さんが出演したドキュメンタリー番組『情熱大陸』のなかで、このような場面があった。当時26歳だった山口さんが、バングラデシュの首都ダッカから車で4時間の、自社工場の候補地を訪ねる。だが、事前情報とは違い、そこは粗大ゴミや生ゴミが至るところに投げ捨てられ、巨大な水溜まりに囲まれていた。山口さんは「やっぱり自分で行ってみないとわからないですね。またゼロからです」と苦笑する──。

この「自ら確認する」というのが、2006年の創業以来、いや、それ以前から山口さんが欠かさずに続けてきた行為に他ならない。

大学で「開発学」を学び、途上国の開発支援に興味をもった山口さんは、援助が本当に役立っているのかをその目で確かめるため、当時アジアで一番貧しいと言われていたバングラデシュへと向かった。短期滞在では答えが見つからず、2004年4月にバングラデシュの大学院に入学。度重なるストライキや洪水。デモや賄賂の嵐。「自分たちの国は変わらないよ」と諦めの境地にいる人々。彼らに対してできることが見つからない非力な自分に絶望する日々を送った。

そんな山口さんの心に火が灯る。「ジュート(黄麻)」というバングラデシュの特産品と出合い、「この国で、最高のジュートバッグをつくろう。そして貧しいというイメージを払拭するような商品を、世界に届けよう」と思い立つのだ。

「貧しいって言われる国にも、光る素材もあって、光る職人さんたちもいる。私たち先進国の人たちが“貧しい”って一括りにしているだけなんだ」(著書『輝ける場所を探して 裸でも生きる3』より)

山口さんはバッグをつくってくれる工場を、文字どおり足が棒になるまで探し回り、アルバイトで貯めた全貯金をはたいて、160個のバッグを作った。帰国後、2006年1月から販売を開始。3月には、尊敬するマザー・テレサのマザーと、みんなが帰れるような家になりたいという想いをこめて、「マザーハウス」を設立した。

その後も山口さんは、自らの目で見て、自らの手で触れ、自ら交渉の場に立ち続けた。国内外の従業員との信頼関係は、そのまま商品のクオリティにも表れ、そのクオリティが顧客との信頼を構築していく。16周年を迎えた今年(2022年)、マザーハウスは国内35店舗、海外6店舗、従業員250人余りを抱える企業へと成長した。

コロナ禍前までは1年の半分以上を海外で過ごしてきたという山口さん。であるなら、この2年はひどく歯がゆい期間となったのではないだろうか。

しかし案に相違して、山口さんは「ものづくりは着実に進んでいくだけ」と明るい笑顔を見せた。

山口確かに物流が遅くなったり、一時期は街から人がいなくなったりしたので、経営判断もかなり影響を受けました。ものづくりに関しても、現場に行けない、素材に触(さわ)れないというハンディキャップがあった。ただ、現地の職人さんやマネジャーさんと日に20回くらいはLINEやzoomなどを使ってやり取りしているので、より密度が高くなっている感じがしているんです。

新型コロナウイルスが世界的流行を見せはじめた2020年の4、5月の2カ月間、バングラデシュの工場は稼働自粛を余儀なくされた。山口さんは職人の手が衰えることを懸念してLINEグループをつくり、「みんな、今日は何をした?」と尋ねたり、自宅でつくれる小物がないかを探したりした。

山口とにかく手を動かすことが大事なんです。そこをいかに工夫して保つか。親が田舎にいて心配だから帰るという従業員もポツポツと出てきて、工場が再稼働したら従業員が7割くらいになっているかもしれないという焦りもありましたしね。食い止めるにはコミュニケーションしかない。「日本も再スタートの準備をしているから、あなたたちも待っていてね」というメッセージを送り続けました。お給料を払うのは簡単だけど、そういうメンタルのつながりをきちんとやらないと、と思って。

使う言葉は、その国の言語か英語で。3時間の時差を乗り越えつつ、密なコミュニケーションを心がけた。そんな山口さんの想いが通じ、工場の従業員は誰ひとり辞めなかったという。

再稼働後、山口さんはさらなるミッションを課した。デザイナーとして、「型紙の数が多く、組み立ても自社工場でしかできないような難しい商品」を開発したのだ。職人たちはこのオーダーに奮闘し、2021年秋には、より佇まいを美しく深化させた2wayバッグ「YOZORA SHIN-深-」を、同年秋冬の新作として4人の熟練職人のみ生産可能というレザーハンドバッグ「Emy」を発表することができた。

山口コツは、みんなに悩む暇を与えないこと(笑)。おかげで工場のアウトプットの力は、この2年で逆に向上しているのではないかと思います。お客様に「歩みを止めずに進化したね」と言ってもらえるよう、とにかく必死でした。

お客様と「ともに歩く」ということ

横浜ベイクォーター店 リニューアルパース

山口さんは2021年に娘を産んだ。母になっての最大の試みは、「ワーキングタイム、ワーキングスペースの改革」だったという。

山口就業時間が短いなかでアウトプットをキープしないといけないので、広いデザインオフィスを構えて、すべてのアイテムをそこでつくるようにしたんです。ミシンもあるし、ジュエリーの原型をつくるワックス(蝋)もあるし、日本の職人さんも集結させて、朝の9時から16時半までガシガシと(笑)。集中力は上がったと思います。

大事にしているのは「子どもファースト」。自宅で工場とやりとりをするときは、画面上にだいたいいつも娘が映っており、「3、4カ月くらいでベンガル人の濃い顔を見慣れて、ぜんぜん泣かないんですよ」と笑う。ネパールからはセーター、インドネシアからはベビーリング、パリからはキッズ服と、世界10カ国から出産祝いも届いた。「0歳児のころから世界とこんなふうにつながっているだなんて、すごいなと思います。いつか私の仕事を通して『世界は面白そう』と思ってもらえたら、嬉しい」。

従業員、家族と同様に重要視しているのが、顧客との関係だ。山口さんはインスタグラムの投稿やYouTubeの発信を積極的に行なっている。

また、年に一度、生産地から職人を呼び、マザーハウスのモノづくりの姿勢や途上国の可能性を伝えるイベントも開催している(2020年以降はオンライン開催)。最大規模は2019年9月に開催した「THANKS EVENT 2019」。通常イベントに加え、ランウェイでのファッションショー、3種類のカレーの食べ比べを楽しめるワールドキッチンを準備したところ、なんと1,000人以上の方が参加したそうだ。

しかもこの年1回のイベントは、設立当時の2006年から続けているのだとか。実店舗がないなかで商品をいかに見てもらうか、その機会をつくったのが始まりだ。初回は45人。山口さんの母親や副社長の祖母などが参加し、まるで親戚の集まりみたいだったという。

山口でも、そのときに気づきがたくさんあったんです。私たちの熱量や夢を店頭以上に伝えられたり、1年間を振り返れたり。それで年に1回必ず行うことにしたら、それを楽しみにしてくれるお客様が増えて……。ともに歩くってこういうことなんだなと。辛かったときにお客様のコメントにすごく助けられましたし、16年こうして繋がってこられたことを私はすごく誇りに思っています。

2013年にオープンした横浜ベイクォーター店で、現在店長を務める石川 怜さんも、「ここが9年間同じ場所にあったということは、このエリアでお買い物をしてくださるお客様がいてこそです」と感謝の想いを口にした。

横浜ベイクォーター店はこの3月10日に拡張リニューアルされた。約70坪の開放的な店内に、定番のジュートバッグ、レザーバッグのほか、アパレルブランド「E.(イードット)」の洋服、ジュエリーまで、マザーハウスのすべての商品が揃う。

Photo by O.Mase

石川東京まで行かないという方が横浜のお客様には多く、「ここでお洋服が見られないのが残念」という声はずっとあったので、すべてのマザーハウスのアイテムを取り扱えるお店が完成したことは、私にとっても大きな喜びです。常連のお客様や新規のお客様とともに、ここで新たな歴史をつくっていきたいと思います。

Photo by O.Mase

いつの日か、バングラデシュに“聖地”のような工場を

一方、バングラデシュでも時が止まっていたわけではなく、さまざまなことが前に進もうとしている。

山口さんはこの4月、2年ぶりに現地を訪れ、工場の職人やスタッフをはじめ、サプライヤー、土地のオーナーなど関係者との再会を果たした。

山口あらためて、バングラデシュのみんなからパワーと野心をもらいました。コロナの影響で世界の格差が広がるなか、バングラデシュもさまざまな困難を抱えていますが、久しぶりにこの国を訪れて、やっぱり「やればできる!」と感じています。

今秋には2階建ての工場を、3階建てへと増床する。コロナ禍でもファンが増え続け、まずは生産能力を高めることが必要だと判断したからだ。

途上国だと、工場で働くこと=労働というような価値観が強い。山口さんによれば、「本当につくりたいものをつくるときのミシンのテンションや糸のピッチ、バッグの組み立ては全然違う」そうだ。彼らが楽しみながらつくったものが顧客にしっかりと届く、その好循環のために、工場をさらによい環境へとアップデートする。

さらにその先の未来には、「新しい土地に新しい工場を建設する」という、コロナ禍以前に描いた夢も待っている。山口さんは「聖地」という印象的な言葉を使った。

山口いまの工場は一般的なコンクリートの四角い工場なのですが、それを変えたい。だってそこはクリエイションをする場所、職人さんが最高の技術を発揮する場所だから。「工場に行く」のではなく、「夢の国に行く」、言わば “聖地” みたいな感じになったら嬉しいなと。とにかく、そこまでは頑張るぞ!という気持ちで、いまはいっぱいですね。

そうさわやかに展望を語る山口さんの後ろには、光が降り注ぎ、緑に囲まれ、風がそよぐ新工場と、誇りを胸に抱いて颯爽と通う従業員の笑顔が見えた。

PICK UP 商品

自然素材のカディと
カポックから生まれたぬいぐるみ

「KANKAN from KADIKAPO ISLAND」

「KANKAN」は、私が描いた一枚の絵から生まれました。家でよく絵を描くのですが、モチーフに動物を選ぶことが多くて、なかでもパンダは大好きで。このポーズがいちばん可愛いのではないかと思って描いたら、今度は立体で会いたくなってしまったんです。
そこから素材探しが始まりました。生地はインドでつくられる手つむぎ手おりのカディ。中に入れる綿は、インドネシアでとれる軽くて柔らかなカポック。カディとカポックというふたつの自然素材から生まれたから、名前は「KANKAN」で、穏やかな気候のカディカポ島に住んでいる、という設定にしました。
私自身、コロナ禍の癒しとして欲しかったものが、いまは他の家の皆さんの癒しになっていると思うと、とても嬉しい。「好き」という純粋な気持ちを形にするとちゃんと届くんだなと、あらためて感じています。

Text by Kaoru Hori   Photo©MOTHERHOUSE

3F マザーハウス

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