INTERVIEW 03

「循環」の仕組みは自らの手で
─アパレルブランド
evam evaの
20年とこれから
evam eva 近藤ニット株式会社

代表取締役社長
近藤 和也さん

デザイナー
近藤 尚子さん

Photo by yOU

「価格ではないところに価値を生み出すものづくり」を決意し、2001年に自社ブランドevam eva(エヴァム エヴァ)を立ち上げたニット製品メーカー「近藤ニット」。リネンやコットン、ウール、カシミヤといった肌に心地よい天然素材、シンプルなデザイン、洗練されたシルエットなど、創業当時から変わらないこだわりがホンモノを愛する人々を魅了しつづけている。山梨県・市川三郷町の本社を訪ね、代表の近藤和也さん、デザイナーの近藤尚子さんに、ブランド誕生秘話や、企画から販売まで自社で一貫して行うことになった経緯、「循環」という仕組みへの想いを聞いた。

Photo©evam eva

丁寧な手仕事で紡がれるものづくり

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工場は、その日も活気に満ちていた。

最初の部屋にはずらりと編み機が並び、シックな色合いの糸が忙しく行ったり来たりしている。糸が切れていないか、編地の仕上がりを職人が確認しながら編み立てているそうだ。

次の裁断室では、生地に傷がないか人の目で検反された反物が自動裁断機の台に重ねられ、袖、襟、身ごろなどを無駄なく裁断していた。

ニットの縫製室に入ると、ダイヤルリンキングという球体の形状をした機械が目を引いた。編み目をひと目ひと目、人の手で針にさしてパーツを縫い合わせる。リンキングの技術を得るには数年かかるらしい。

完成品を洗って布の風合いを出すという工程も、以前は染工所(せんこうじょ)に外注していたが、いまは社内で行っている。「素材に合わせて、洗い方、乾燥の仕方を細かく決めるんです」と、デザイナーの近藤尚子さんが説明してくれた。

タグづけ、検品、下げ札、箱詰めなどもここで。丁寧な手仕事がevam evaのものづくりには欠かせない。近藤ニットは、企画、製造、出荷、販売と、すべての工程を一貫して自社で管理していた。

明るい未来を信じて誕生した「evam eva」

Photo©evam eva

近藤ニットは尚子さんの実家だ。創業は、1945(昭和20)年の終戦直後。尚子さんの祖父がもともと生糸の仕事をしていた関係で、空襲で焼かれた東京から引き揚げてきた親戚筋の職人を集め、長野から手横(手動式横編機)を仕入れて開業したという。

後を継いだ父親は手先が器用で、企画・製作の上手な職人肌。しかし、繊維業界も製造・企画・販売の分業制が否応なく進み、父はOEM(他社ブランド製品の製造)を請け負いながら、会社を成長させた。

3代目となる尚子さんが近藤ニットに入社したのは1996年のこと。大学卒業後は東京で働いていたが、山梨に戻った。ほどなく和也さんも帰郷し、夫婦ふたりで近藤ニットのOEMの仕事を引き継ぐことを決めた。

尚子さん実家を継がなくてはいけないという使命はまったくなかった。ただ、商社で働いているうちに、「自ら仕事を生み出す」ことへの興味が、日増しに募っていったんです。

だが当時、OEM100%の近藤ニットは極めて厳しい経営状況にあった。国内の多くのアパレル企業が、中国など労働力の安価な海外へと生産拠点を移し始めていたからだ。国内生産のメリットは納期の正確さやデザイナーの意向をうまく汲み取れたりするくらいで、「これは勝ち目がない」と近藤夫妻は感じたという。

幸いだったのは、この辛く苦しい期間に、ふたりが現場の技術を身につけたことだろう。その技術力は、アパレルに対する営業にも活きた。

和也さん技術的な背景をもっていれば、企画の担当者と話をしても「できる・できない」の判断がつくし、「できるけれど、コストに合わないから、こちらの企画はどうでしょうか」と提案することもできるんですよね。

パリコレのコレクションブランドの受注も引き受ける一方で、「決められた製造コストの範囲内でつくる」ことに限界を感じていた和也さんは、「だったら自らが企画の提案をして価格を決めれば、流通の配分も引き上げられるのではないか」という考えにたどり着いた。尚子さんの「ものづくり」への想いも、これ以上なく膨らんでいた。

背中を押したのは、尚子さんの父親だ。ふたりの本気度を感じ取ったのか、「近藤ニットという会社を使って、ふたりの好きなことをしたらどうか」と声をかけてくれたという。

こうして2001年、自社ブランド「evam eva」が誕生した。

尚子さん収縮していく繊維業界の中で明るい方向を目指していったら、やっぱり自分たちのブランド展開だったんですよね。コンセプトデザインは「無理なく自然体で長く愛着をもって着られるもの」「流行に左右されず、日々の暮らしを心地よく過ごせるもの」。こだわった素材でつくる上質な肌触りと着心地のニット、シンプルなデザインで挑戦すれば、他にはない付加価値をつけられるのではないかと思ったんです。

それは近藤ニットの新たなる出発であり、「従業員総出で企画してつくって、展示即売会で売っていた」という祖父の時代への原点回帰でもあった。

よい循環を生むものづくりとは?

evam evaは工場の片隅で小さくスタートした。OEMだと、同じ型紙からつくる服の枚数は500〜1,000。一方、evam evaブランドは当初10枚前後だった。

尚子さんサンプルをあげて同じものを500枚つくるのと、10枚つくるのとでは、明らかに後者のほうが効率が悪いですよね。私たちはこれが300枚になる日を目指していたけれど、現場は「一体、何をしようとしているんだ?」「未来はあるのか?」と感じる人も多かったと思います。

ふたりは新規のブランドや販路の開拓を行いながら、現場を動かすためにOEMの依頼も取ってくるという、二足のわらじで走りつづけた。

創業して5年後の2006年、東京・青山にevam evaの一号店がオープン。「お店ができたことで、現場のみんなもようやく私たちの進んでいる方向を理解し、安心してくれたと思います」と尚子さんは微笑む。

2010年には完全にOEMから撤退。現在、直営店は東京を中心に18店舗あり、従業員は店舗スタッフも合わせ約160人となった。創業当時の和也さんの事業計画書には「20年後に15店舗」とあったから、大躍進だろう。

evam evaでは、商品の9割はシーズン中に消化し、在庫が残らないような仕組みづくりに取り組んでいる。

また、よい循環を生むものづくりを追求し、定番となる商品は限られた型に絞っている。デザインはほぼ一緒であっても、襟や袖ぐりの広さ、洗濯を繰り返したときの風合いの変化など、柔らかな生地が着る人にしっくりと馴染むように、ささやかな改良を繰り返している。

着た本人には、どこが変わったか明確にわからなくてもいい。ただ、「今年もいいな」と思ってもらえるためのちょっとした改良を行えるよう、あえて定番化を避けているのだ。

尚子さん例えば老舗のお店では、同じ商品をずっとつくっているように見えたとしても、時代に合わせて少しずつ変えていきながら「老舗」という看板を守り続けていると思うんです。

セールもしない。セールをする前提があると、その前提ありきのモノづくりになる。しかし、前提をなくしてしまえば、その価格に対しての原価率を一定に決められる。「だったらいつ買っても安心ね」と理解を示す顧客もここ数年、増えてきた。

尚子さん自然界は勝手に循環してくれるけれど、人間界は循環の仕組みをつくっていくことが大事だと思うんです。私たちは年に2回の展示会で、直営店や卸先が発注してくれた数しかつくらない。そうすると、「evam evaはそんなにたくさんつくっていないんだな」とお客様もわかってくれて、欲しいものを欲しいときに買ってくれる。ルールを貫き通すことはなかなか勇気がいりますが、そこは変わらない価値観として続けていきたいです。

従業員に誇りとやりがいをもてる場を

ブランドの方向性にとっては、出店場所も重要な鍵だ。2010年には横浜ベイクォーターに出店しているが、このエリアの魅力はどのように捉えていたのだろう。

尚子さん横浜ベイクォーターは、駅から居住エリアに帰る途中にあり、「普段の暮らしのなかでよい商品と出会える立地」なのがいいなと思いました。店舗自体もスペースが広く、商品ごとにゾーンを分けたりメンズの提案もできたり、何よりお客様が時間をかけてゆっくり買い物できる環境が本当にありがたいですね。

evam evaは18店舗それぞれ、物件に合わせて内装を変えている。

例えば、京都店は外観のガラス面を小さくして店内を暗くすることで、逆に外からの光の陰影が際立つ設計にしたり、表参道ヒルズ店ではステンレスやシリコン、アクリルといった無機質な素材をあえて用いてみたり。横浜ベイクォーター店では、店内の奥に梁を設け、自宅の部屋で過ごしているような雰囲気を生み出した。

多店舗展開でありながらパッケージ化されていない空間デザインは、逆に「肌に触れて心地よい天然素材」「シンプルかつ長く愛されるデザイン」「着る人の動きに合わせて優しいフォルムをつくる洗練されたシルエット」というevam evaの魅力や世界観を鮮明に感じ取れるものとなっている。

その集大成とも言えるのが、本社から車で10分ほどの立地にある「evam eva yamanashi」だろう。開業は2017年。約1,000坪の敷地に、服のショップ「色」、レストラン「味」、ギャラリー「形」が併設されている。

もともと尚子さんは「衣・食・住をトータルで提案していきたい」という思いがあり、核となる場をここ山梨にもとうと考えていた。

Photo by yOU

尚子さんお客様にはもちろんのこと、従業員にも世界観を伝えたかった。つくるって楽しいことだけど、工程そのものは地味な作業の繰り返しなので、誇れるものがないと続けていくのが難しい。どういう人が着て、どういう場所で売っていて、どういう世界観なのかを感じとれる場所ができたら、彼らもみな夢や誇りをもてるのではないかと思ったんですね。

職人を育てながら、創業当時から変わらぬ世界観を一つひとつ、丁寧に提示してきたこの20年。evam evaのものづくりはいま、ホンモノを愛する人々に信頼され、求められている。

PICK UP 商品

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端材から生まれた糸で編んだプルオーバー

「renew-wool pullover」

毎年、「プレスウール」という圧縮した編地でコートを展開しているのですが、パーツを裁断するとどうしても捨てる部分が出る。それを捨てずに粉砕させて綿(わた)に戻し、新しいウールと混ぜて再び糸を紡ぎました。ウール本来の膨らみがよみがえり、あたたかな風合いでありながら軽やかな着心地です。色はベージュ(本品)、モカ、グレー、チャコールの4色を揃えています。今年の秋冬のテーマは「循環」。上質な素材を余すことなく使い切るように、新しい素材につくりかえることができ、数年間思い続けてきたことが形となり嬉しく思います。自社から出る端材なわけですから、100%ウールという確約もある。自信をもってお客様にお勧めできる商品です。

Text by Kaoru Hori   Photo©evam eva

3F エヴァム エヴァ

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